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大阪地方裁判所 昭和47年(手ワ)302号 判決

原告 村木久己

被告 大阪軽金属工業株式会社

主文

被告は原告に対し金一、五〇〇万円およびこれに対する昭和四七年二月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮りに執行できる。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、原告主文同旨の判決および仮執行宣言。

二、被告「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二、当事者双方の主張

一、原告(請求原因)

(一)  原告は本判決末尾添付の約束手形目録記載の約束手形一通の所持人である。

(二)  被告は右手形を振出した。

(三)  原告は満期に支払場所で支払のため右手形を呈示したが支払がなかつた。

(四)  よつて、原告は被告に対し次の金員の支払を求める。

1 約束手形金元本。

2 右金員に対する満期の翌日から支払ずみまで手形法所定率による利息金。

二、被告(答弁・抗弁)

(一)  答弁

原告主張の請求原因事実は全部認める。但し、本件約束手形の受取人欄は当初白地であつた。なお、本件手形の呈示は、手形の受取欄中「久己」の記載個所は手形用紙が剥ぎ取られ、他の紙片を貼付されている裏書の連続を欠く手形の呈示であつて、その効力はない。

(二)  抗弁

1 本件手形は川崎徹、山尾実蔵外一名が真実は宅地・山林売買周旋の意思もないのに、昭和四六年六月末頃被告会社代表者浅野真三に対し他人所有の宅地三三〇・五七平方米山林一筆を時価の半額で買える、宅地造成後転売すれば一億数千万円の利益が上がると言葉巧みに嘘をいつて、右売買代金内金名下に本件手形を被告から詐取した。したがつて、本件手形振出はその原因関係を欠くものである。

そして、原告は右の事情を知つて本件手形を取得した害意者である。

2 仮りに右1の事実が認められないとしても、本件手形につき原告は右川崎との間で手形上の権利を放棄する旨の合意をなし、これに従つて手形の交付を受けた川崎は、本件手形を破棄したものである。なお、原告は手形滅失後この破棄紙片を回収して継ぎ合せ本訴請求に及んでいるものであつて、手形が現存しない本訴請求は失当である。

三  原告(抗弁に対する答弁)

1  被告主張の抗弁事実1は否認する。

2  同事実中原告が本件手形上の権利を放棄したとの点は否認し、その余は認める。なお、本件手形の破棄は無権利者川崎によつてなされたもので、原形が回復されているから滅失に当らない。

第三証拠〈省略〉

理由

第一、請求原因事実

原告主張の請求原因事実はすべて当事者間に争いがない。

なお、被告は原告の本件手形呈示は裏書の連続を欠く手形の呈示であつて、適法な呈示でない旨主張しているが、手形法三八条所定の支払のための「呈示」は、裏書の連続ある手形の所持人あるいはたとえ裏書の連続を欠いていても実質的権利を有している手形の所持人が支払のため支払場所で呈示すれば足りるのであつて、裏書の連続を欠くことのみをもつて、直ちに呈示の効力を否定すべきものではないと考える。そして、後に認定するとおり、本件手形がなお有効に存在し、かつ原告が実質的権利者であることが明らかであるから、裏書の連続につき判断を加えるまでもなく原告の本件手形の支払のための呈示は有効であるといわねばならない。

第二、抗弁成否の判断

一、手形詐取の抗弁の検討

成立に争のない甲第一ないし第三号証、原告村木久己、被告会社代表者浅野真三各本人尋問の結果を総合すると、被告会社代表取締役浅野真三は、昭和四六年六月末頃川崎徹、山尾、池上らから大津市朝日が丘一丁目蛇が谷の宅地、山林を買わないかと持ちかけられ、同年七月二日この売買契約が成立して代金三、二〇〇万円を約束手形五、六通に分けて振出し右川崎らに支払つたこと、右川崎は、売買登記に必要な土地の権利証などを持参して来ていたが、約束手形交付の際一寸必要だからと称して被告会社従業員から取り戻し、その後権利書を返さないまま移転登記もせず、また再三の要求にも拘らず手形も返還しないので、被告会社は手形を川崎らに詐取されたことが判明したこと、他方、原告は前記宅地、山林を所有していたところ、伊集院に売却することになり、その売買代金三、〇〇〇万円を同人振出の手形二、五〇〇万円と小切手五〇〇万円を受取り、この手形、小切手の支払がなされた時点で、右土地の移転登記をする約束の下に登記書類、権利証、印鑑等を同人に手交しておいたところ、右手形、小切手は全部不渡になつたのに、約旨に反し伊集院は擅に川崎徹に対し移転登記を了してしまつた、そこで原告がこの売買代金支払を強く要求したところ、川崎、伊集院らは右売買代金の一部として本件手形一通を原告に交付したことの各事実が認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

そして、右各事実を併せ考えると、被告が本件手形を川崎徹に大津市朝日が丘一丁目蛇が谷の宅地、山林売買にことよせて詐取された事実を推認できるが、原告がその事情を知つて本件手形を取得した害意取得者であるとの事実が認められないことが明らかであるし、他にこれを認めるに足る証拠はない。

二、手形破棄、滅失の抗弁の検討

前記甲第一号証、原告村木久己、被告会社代表者浅野真三各本人尋問の結果を総合すると、前認定のとおり川崎、伊集院らから大津市朝日が丘の宅地、山林売買代金の一部として本件手形の交付を受けたのち、昭和四六年一二月二三日午前三時頃川崎徹と中右清が原告方自宅へ赴き、中右が山を買うようになつたから明日金員を持参するので手形を返してくれといつたが原告が断つたところ、満期と印影を確めたいから手形を見せて欲しいと申向け、原告が本件手形を差出すや、右川崎はこれを取り上げ突然細かく引き裂きポケツトに入れた、そこで原告の父が警察に届出るため一一〇番に電話しようとしたところ、川崎はその非を詫び、ポケツトから破棄した紙片を出したので、これを貼り継いだところ、その左上の部分が足りなかつたことの各事実が認められ、他にこれを動かすに足る証拠はない。

この各事実を考え併せると、原告が本件手形上の権利を放棄したことが認められないことは明らかであつて、川崎徹が無権限で擅に本件手形を破棄したものであることが推認できる。したがつて、本件手形上の権利が手形の破棄により消滅しないことは明らかである。もつとも、手形上の権利が存在していても、手形が滅失により喪失して現存しない場合には商法五一八条、民事訴訟法七七七条に基づき公示催告手続を履践して除権判決を得た後でなければ手形上の権利を行使し得ないことは前各条、手形法三八条、三九条に照らし明らかである。しかしながら、ここにいわゆる手形の滅失とは、手形が焼失、破損してその大半が消失し手形の要部と認められるべきものが存在しなくなつた場合を指し、手形が細かく破棄されても、継ぎ合せにより手形と認められるべき程度に原形が回復されたようなときには、手形の滅失に該らず、この補修後の手形の所持によつて手形上の権利を行使し得るものと考える。けだし、このような場合には、喪失手形を他人に取得され二重に手形金支払を強いられる危険はないからである。そうすると、前認定のとおり、本件約束手形は無権限の川崎徹により引裂かれたが、その後手形紙片の大半を回収し、継ぎ合せて手形の原形を回復しているものであつて、手形の要部は失われていないし、手形の左上部の一部が回復されず、受取大欄の受取人の「氏」の部分は復元したが、その右部の「名」に該る破棄前の手形に表示されていたことが明らかな「久己」なる部分のみは他の用紙で修補しているけれども、この部分は手形の要部とはいえないから、本件約束手形は破棄紙片の継ぎ合せによりその原形を回復したもので有効な手形が現存するというべきであつて、手形の滅失があつたものとはいえないのである。

第三、結論

以上のとおりであるから、被告は原告に対し、本件約束手形金およびこれに対する手形法所定率による利息金として主文第一項記載の金員の支払義務があることが明らかである。よつて、被告に対し、その支払を求める本訴請求は正当であるからこれを認容することとし、仮執行の宣言につき民事訴訟法一九六条、訴訟費用の負担につき同法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉川義春)

別紙 約束手形目録〈省略〉

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